陰徳積みと吉相墓による開運のサイトです。陰徳積み、有縁無縁供養塔、地蔵尊影奉流などのご案内

陰徳と墓

お墓の相と家庭運が一致しないで、幸福な家庭があります、それは父母祖父母先祖の陰徳、すなわち功徳積みによるものです。

それらの例を上げますと、父が宗教家道徳家で徳化を業として徳積みがあったり、公共のために私費で道路や橋を建造したり、健康な時に美食を慎み粗食をしたなどです。
父母祖父母先祖がまいた徳の種が子供に発芽するのです。
人間は生まれた時、すでに運命が定まっています、小さな運命は自己の力で開けるが、大きい運命は母より生まれ出た時にすでに定まっています。
徳風会

子供の誕生の前に陰徳を積み、良い運命を子供に与えるのです。

お墓の研究を通じて、以上の事が明らかになり、その功徳を積む事を望む人が集まったのが徳風会です。

陰徳行為

一、人に勧めて功徳を行う人

一、他人の小児を引取って自己の費用で養育する人

一、人命を救った人但し表彰を受けたひとは陽徳になります

一、放生を時々行なう人(人間に害を及ぼさない動物)

一、雨具を施す人

一、人を教化する人で自己の費用で運動する人

一、道路、橋などを自己の費用で造ったり修繕した人

一、文化年間の観相の大家、水野南北師の教えを守る人

一、常に衣食住に奢らざる人

一、物品を大切にして節約し功徳に使用することを忘れない人

一、聖賢や神仏画文を作る発願者

一、神仏に死者のため親切心から経文を読む人

一、信仰心深く修養する人

一、迷信者といわれるほど祖母が物の相学に注意する人

一、他人の善をほめる人

一、無縁墓を数人で祀る人

一、日々真面目に同僚より多く働く人

一、財または労力で公衆の利益や便利のために氏名を公にしないで尽した人

一、吝嗇家(物を大切にする)

一、托鉢を業としない人で托鉢をする人

一、家族に先祖の行徳を教えその行徳を実行した人

一、恩を忘れずに報恩行為を続ける人

一、業としないで病気を癒すのに尽力する人

一、独身出家された人

その他いろいろありますが、以上は墓相研究に伴って明らかになったものの一部です。しかし表面に出し自称し、公衆の前で公表する人は陰徳者といえません。

陰徳積み及び過悪の表れる時期  

 樹木 




一、中年時代までの運命は、出生前約3ヶ年より、出生時までの親の陰徳積みの、深浅で定まる。

二、父の中年ころまでの陰徳積みは、中年以後の事業に表れる。

三、父の晩年までの陰徳積みは、子や孫に表れる。

四、父の女に関する過悪は、次に生まれる娘に凶となって表れる。

五、母の中年ころまでの陰徳積みは、子供に表れる。

六、母の過悪は、その人の晩年生活に表れる。

陰徳積みのお奨め (初代竹谷聰進先生記 徳風新聞より)

「言葉の項」


今から二十五年程前に大阪中之島の図書館で、中国の唐の時代の陰徳に関する文章を見たことがあります。その中に人の善を言うことは陰徳であり、反対に人の悪口をしゃべることは過悪であると書かれてありました。
その後、良く注意しておりますと、その事実のある無しにかかわらず、他人の悪口を常に平気で口にする男子であれば出世の出来ない人であり、それが女子なれば、夫の出世のさまたげとなり、また未亡人なれば人々がその人とつき合いするのを嫌がられる立場の人となるということが分りました。

竹谷は、墓地に立ち入りしましても、その墓の施主の運命について良いことは言っても悪いことは言わない。また、他の墓相家が指導された墓の相については、一切ノーコメントを守っております。

昭和十三年ごろのこと、京都市仁王門のある寺へ行った時、そこに○○氏指導の吉相墓というのがあった。同行者に自慢らしくその墓の施主の現在の状態をおしゃべりした所、同行者はその施主の家庭を知っている為に驚きの目をみはって聞いておられました。午後の三時ごろ、伏見の宅へ帰って一時間程経ったころ、家族の者が、二階から落ちて背骨を打ち一ヵ月程入院したことがあります。
図書館にて、言葉の陰徳や過悪という文書を見た数日後のことで今更の様に言葉の過悪の恐ろしさに驚いたことがあります。

調子の低い人でいつもにこにこし、人の悪口を言わない人は必ず事業に成功すると昔から言われているのも、万更空文ではありません。
人の悪口を言ったからと言ってその人の身分が良くなるではなし、かえって聞く人に悪感情を抱かせる場合が多いものです。
むやみと批判したり悪口を言うことは慎しみましょう。


「金銭の項」


金銭の陰徳で一番注意しなければならないことは、他人の借金保証引き受けの印を、押すことであります。自分が現金でその借金を全部支払いするだけの、予備金のある人は別、予備金のない人が泣きつかれて保証印を致しますと、一回、二回は都合良く行っても、三回目には保証のため自分の今住んでいる家も、売らねばならないことが世間に数多く常に起っております。
誠に借金の保証印は過悪中の過悪であります。

神社や寺の修繕に寄付金を出すことは、陰徳積みでありますが、新しく建立する(古いのを解体して新しく造るのは別)新設に寄付を出すことは陰徳にならない。
また寄付金は無名で寄付すべきもので、本名を出して寄付すべきものではありません。
本名でなかったならば受け付けない相手ならば、寄付金を出さない方がよろしい。

また、生活困難者に無記名で寄付するのは陰徳になりますが、特定の人のみ、例えば、兄弟とか親類の人とかにいつも金銭を贈与するのは過悪となります。

金銭を勝負事に使用することもまた、過悪であります。

神社や寺の修繕をするための寄付金は断ってはならない。その額が多ければ、少しにしてでも出して下さい。

職業とする乞食に金や、物を与えることは陰徳ではなく、過悪になります。


「無形の項」


旅館に宿泊して、夜中あかあかと電灯を付けている人があります。電灯代は旅館経営者が支払いするため平気でむしろ、電灯を使用しなければ損だと言う考えだからでしょうか。
室内の不要な場所でも、電気をあかあかと付けたままで寝る人がいます、実にもったいない話しです。旅館に限らず、夜通し電気を付けている人を見受けますが、もったいないことであると共に、泥棒に這入られやすい家の様に思われます。

ある新聞に、夜の盗難避けは室内を暗くし、家の周囲を明るくすることは、泥棒避けの一つの方法である、と書いてあったのを、見たことがあります。
竹谷の知っている所で、三方道路になった大邸宅があります。
その邸宅はたくさんの個室が有る様子です。そのうち数個の個室には夜通し電灯がついてあかあかとしておりますが、屋敷外の三方の道路は夜になると、まるでタヌキでも出そうな暗さです。また、一年に数回は夜ふけに婦女子がキャッと大声を上げるのを聞きますが、暴漢におそわれたか、暗いので何かに驚いた声でしょう。
これ程、御立派な屋敷なれば、室内の電灯を半分に減らして、道路と広い庭さき兼用に、せめて午前一時ごろ迄でも外灯をお付けになったならば、大衆の人は、まして婦女子は安心してその道を通ることが出来ます。
しかもその電灯代は別にたくさん支払う必要のない電力です。さき程から述べましたように、電灯に限らず他人のものだから無駄使いをしたり、ただだからといって暴飲暴食したりすることは、その人の徳をなくすることになります。

数多い宗教のうちある宗教では、心の持ち方が悪いから、あなたは神様に救って頂けないのだ、とおっしゃっておられるのを、聞いたことがありますが、しかし人間は、心の持ち方が悪いとは断定出来ないのであります。
ある人は、商売がたきの人に早く倒産すれば良いと思ったり、常に気に入らぬ人を病気になって倒れたら良いと、思ったりする人があります。
また、事実口走る人の話を聞いたこともあります。この様な心の持ち方について、一概に罪悪視したり、改めるべきだと強請したりすることは考えものです。

神社や寺に参ったり、お墓に参ってそれぞれの心の中で拝むこと、お願いすることを、十分に統計を取ることは困難ですが、竹谷が書きとめた断片的なことを、後日考え合わせて見て、あの人間が倒産すれば良いとか、病気になれば良いとか考えても、それだけでは過悪にならない。
行いや、言葉で一たん口外したことは過悪になっても、心の中でどの様なことを考えても過悪にはならないのであります。

このことを、過悪として教える宗教は、はたして皆さんを、本当の幸福へお導きする宗教かと、疑うことがあります。何度も繰返す言葉ですが、心でいかなることを考えても過悪や陰徳にならないのであります。
商売人なれば、真剣に自分の商売の伸びることを考え同業者のために自己の商売を細める必要はない、という一説を深く心にすべきものであります。


「竹谷先生、最後の御教示」


「およそ一切の善根は、物の命を救うより良きはなし。しかし、命を救うことは、これは人間に害せぬものを救うということである、ということは、前もって言うたことである。
されば、一命十命、一善長寿などは一命一善、大いなる長寿は一命十善、また牛馬の類、人類に益するものは一命に二十善ということがある。

それから長寿の人が殺生を禁断すると、一日それを十善という。殺生を家業とするものに転業を勧めると、それは三善という。もしあらためるものがあれば、五十善という。
これは仏教から出た話で、必ずこれに従うということはないと、竹谷は考える。
人名を救いたるは、一人百善という。
けれども、それは人間の命は尊いものであるが、尊いものであるけれど、人間の命でも、場合によりては救いえられざることがある。

竹谷が戦争に行って、ご互いに命のとりあいをしたことがある。人間の命を救うとなれば、己れの命がなくなる場合があった。
こういう場合なんかは、人命を救いたるものはということを出来ようか、出来ない。

で、世の中には、色々と善悪について言うけれど、なかなか理屈通りにはいかない。そこにおいて、お互いに考えねばならないことが起ってくる。ここに私は、始めて陰徳というものを説くのである。
陰徳とは如何なるものであるか。この陰徳というものは、陰(かげ)の徳というけれども、実は何んでもないことで、人さまが行うべき道、人さんがなすべき道、その道を、自分のそれを真面目に、それを行っていたら良いのであって、決して○○○○してはいけない。それが陰徳である。

常に自分の身をたしなめて、無理をせない、何でもないことである。
この何でもないことを行いえないのが人間である。ところが何でもないことを、また守ってゆける、これもまた人間である。

よくここを考えてもらわねば、ならないのであります。」

※この話は初代竹谷聰進先生がお亡くなりになる一週間前の、昭和三十八年十月二十三日に録音されたものです。○○○○の箇所は聞き取ることが出来ませんでした。














| ホーム | 徳風会とは | サイトマップ | 個人情報保護方針 | 資料請求・お問い合わせ | 
徳風会の歴史
初代竹谷聰進先生
陰徳と墓
有縁無縁慰霊塔
地蔵尊奉流と放生会
水野南北小伝

聰寿会のご案内
徳風会パラオ戦没者慰霊塔
「良縁クラブのご案内」へ

徳風ネット 徳風新聞へ

「吉相墓」入門へ

「WebShop徳風出版」へ


「松山徳風会」へ

「大黒山東泉寺」へ

「株式会社 亘 徳」へ

「株式会社 倉元家石材商店」へ

「株式会社 宮口石材商店」へ

「柿本鳳祥堂」へ

「株式会社京都光仙堂」へ

「株式会社 徳風會・祭祀研究所」へ